さかまのパワプロブログ

パワプロでいやらしく遊んでます。再現選手のパワナンバーの公開がメインです

平野謙(1986年)

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平野謙(1986年)

打率.270 11本塁打 44打点

 

獲得タイトル:盗塁王 ゴールデングラブ

 

強肩と堅実な守備が魅力の両打ち外野手。犠打が非常に得意で歴代2位の犠打数を誇る。入団時は投手だったが怪我で2年目に外野手に転向。3年目までは結果が出ず戦力外の危機もあったが4年目に就任した近藤貞雄監督に見出されこの年に守備固めなどで110試合に出場。翌1982年にはレギュラーを奪い最多安打田尾安志に続く2番打者として当時のシーズン記録の51犠打を記録。守備でも最多補殺を記録し、打率も2割8分を残すなど活躍した。84年オフに田尾がトレードで西武に移籍すると翌85年からは1番打者を任され、86年には最多盗塁でオールスターにも選出された。翌年以降は彦野利勝の台頭で出場機会が減少し、87年オフに西武に移籍。森祇晶監督の緻密な野球のピースにハマり、優勝に貢献。その後94年にロッテに移籍した後引退。引退後はプロアマ合わせて6球団の指導者を務めた。

 

【査定について】

対左B...この年の左右投手別打率は対左.277、対右.268とあまり差がない。しかし84,85,87年は対左投手に対して3割を記録しており、この頃は右投手が苦手だったことがわかる。また本塁打数を見ても右投手からのホームランは11本中1本だけと長打力にしても大きな差がある。平野自身は自身の"利き目"が右で左打席の犠打の方が得意だったと答えているが、バッティングでは右打席の方が結果は出ているのでBに。

チームプレイ〇...この年は1番打者だったので犠打数はわずか6

守備職人...守備職人がつくのは西武時代になってからの気がするな〜

 

【ひとこと】

1番平野時代の平野選手です。この年は唯一の二桁本塁打を記録した年っていうのもいいですよね。