さかまのパワプロブログ

パワプロでいやらしく遊んでます。再現選手のパワナンバーの公開がメインです

南牟礼豊蔵(1989年)

f:id:sasakama_sakama:20191012010417j:image
f:id:sasakama_sakama:20191012010414j:image
f:id:sasakama_sakama:20191012010421j:image

 

南牟礼豊蔵(1989年)

打率.287 2本 17打点

 

読み方は「みなみむれ とよぞう」

1981年のドラフト3位で阪急に入団した外野手。俊足と堅実な守備で当時既にベテランだった福本豊の守備固めなどで出場機会を増やし、2年目から84試合に出場するなどしたが、一方で3年目には一軍無出場に終わるなど定着できていなかったが、球団がオリックスブレーブスに変わった1年目の1989年には開幕から好打を続け一時は打率3割をキープし、シーズン途中からは守備代走要員に回るも、最終的に自己最多の106試合に出場と44安打を記録した。翌年は14試合出場に留まり、91年途中にドラゴンズへ移籍するが勝負強い打撃で活躍。93年に戦力外通告を受け、阪神へ移籍すると代打の切り札として活躍。翌年は無出場に終わり、2度目の戦力外通告を受けた後にホークスの入団テストを受けるもテスト中に膝を外した為断念。通算14年の現役生活を終えた。引退後は解説者を経験した後に奈良県生駒市で整体療法所を開業。柔道整復師の資格を取得後、2007年に兵庫県西宮市で接骨院「みなみむれ接骨院」を開業した。

応援歌好き

 

【査定について】

守備力・捕球...堅実なプレーで地味ながら見せ場は多かった。記録を見ても通算477試合守備について失策わずか3。肩は強肩だったという記述もあるが補殺数が多くないのでCにして送球Eで調整。

意外性...プロ初本塁打を打った時、バスターからのヒッティングでホームランになったが、水谷実雄に「バスターは転がすもの。フライを打ってたまたま入ったホームランを喜ぶな」と怒られるエピソードがある。一発を期待されてないところで打つというのが意外性にピッタリだと判断。中日移籍の1年目には少ない打席で6本塁打を打っているので一発を打つ能力もあると思う...

併殺...俊足の割に少し多いか

ケガ...引退後に接骨院を開いた理由は、「現役時代にケガに泣かされた経験から。」選手として高い能力を持ちながらスタメン定着にできなかった理由はこれだと判断し一段階下げました。

人気者...中日、阪神時代にはその名前と勝負強さから打席に立ったり守備に就くと歓声が挙がっていたという記述が見られるが、阪急~オリックス時代にそういった記述があまり見られない*1のと出場試合数などを見て今回はなしに。また阪神時代とかを再現したらつけると思います。

 

【ひとこと】

さかまのパワプロ待望(?)の初オリックスの選手です。これだけの能力がありながら1年を通してスタメンがなく、14年もプロ生活を続けた選手って素敵だと思います。さかまのパワプロパワプロブログ回の南牟礼豊蔵を目指していきたいと思います。あとよびかた全然ないと思ってたんですけどありましたね。さすがKONAMI!ありがとうKONAMI

 

いや、赤特システムとか考えたら全然感謝できねーわ。くたばれ。

 

*1:そもそも当時のパ・リーグ自体が不人気だったていうのはあるが…