さかまのパワプロブログ

パワプロでいやらしく遊んでます。再現選手のパワナンバーの公開がメインです

中日(2011)投手詰め合わせ

さすがに1選手1記事は厳しいので詰め合わせです。

 

・投手詰め合わせ(この記事)

捕手詰め合わせ

内野手詰め合わせ

外野手詰め合わせ

 

三瀬幸司(38)

2010年途中にソフトバンクから移籍した左腕リリーバー。04年には新人ながら抑えを務め32セーブポイントで最優秀救援投手、城島健司と共に最優秀バッテリー賞を獲得している。2011年は開幕一軍を果たし、ビハインドの場面やワンポイントで44試合に登板した。2014年に引退し、現在は中日球団で九州地区担当のスカウト。

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平井正史(33)

94年にオリックスに入団し、2003年に中日に移籍。本業は中継ぎだが、先発も抑えもこなし、燃えよドラゴンズ2004では「平井よ抑えもスタートも」と歌われた。2005年からは中継ぎに専念。長年ブルペンを支えたが、2011年は安定感を欠き33試合の登板に留まった。日本シリーズでは第1戦では同点の9回に登板し、その後チームが勝ち越したことで勝利投手となった。2013年にトライアウトを経てオリックスに復帰。翌年に引退し、現在はオリックスの一軍投手コーチを務めている。

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山内壮馬(26)

球速は遅いものの、変化球を駆使する技巧派右腕。2007年名城大学からドラフト1位で入団。2011年は9試合に先発し、4月27日の豊橋で行われた横浜戦では6回雨天コールドながらプロ初完封を達成。その後もローテーションの谷間に先発しながら防御率1点台と活躍した。翌年は開幕ローテーションに入りチーム唯一の規定投球回&自身初の2桁勝利を挙げるが、ツーシームを投げる度に感じていたという痛みで13年以降は満足に投げられず、15年オフに戦力外。その後楽天に入団するも16年に引退。現在は母校の名城大学でコーチを務めている。一家でドラゴンズファンらしい。

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中田賢一(20)

2004年ドラフトでドラフト2位で入団。1年目から活躍し、落合竜を支えるも11年は安定感を欠き6試合の登板に留まった。14年にソフトバンクホークスに移籍。そこそこ活躍し、2018年に通算100勝利を達成した。イケメン。

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伊藤準規(18)

長身から投げ下ろす投球が武器の右腕。高卒ながら2年目には開幕ローテーション入りしたが、クイックができないなど弱点が露呈、ケガもあり2軍ぐらしが続いた。11年は2勝に留まり、その後も伸び悩んだが、中継ぎに活路を見出し17年には39試合に登板した。現在も現役。イケメン。

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岩田慎司(28)

明治大学出身の技巧派右腕。変化球を操る投球スタイルで、特に回転の少ないフォークは「マジカルフォーク」*1と呼ばれ、ベテラン捕手の谷繁でも捕球できないほどの不規則な変化をした*2。バッティングも得意。翌年5勝を挙げたが怪我などで2016年に引退。現在は球団のヤクルト担当スコアラー。

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河原純一(60)

1994年ドラフトで1位で巨人へ入団。1年目には8勝を挙げたが、ケガや年間を通しての乱調で活躍できなかった。その後西武、野球浪人などを経てドラゴンズに入団。怪我がちだったものの一時は勝ちパターンに入るなど活躍。2011年は30試合に登板したもののオフに戦力外。現在は四国アイランドリーグplus愛媛マンダリンパイレーツの監督を務めている。

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久本祐一(61)

2002年にドラフト4位で入団。落合竜前期に活躍したが、怪我などで後期は二軍軍ぐらしが続いていた。2011年は終盤からロングリリーフとして10試合に登板したが、12年オフ戦力外。13年からは広島カープに移籍し、16年引退。翌年からは中日に打撃投手として復帰。

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朝倉健太(14)

99年のドラフト1位。2006、2007年に2桁勝利を挙げるなど優勝に貢献したが、ケガなどでその後は復帰できず二軍ぐらしが続いた。14年にちょっと復活するが15年に引退。その後は投手コーチを経験した。

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小笠原孝(43)

1999年のドラフト4位。2007年からは先発で活躍した。10年からは初回から打ち込まれることが目立ち、12年に引退、英智と共に引退試合が行われた。現在は二軍投手コーチとして小笠原二軍監督の下で若手の小笠原など、投手を育成している。

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山本昌(34)

ご存知超人。。。ですが2011年は87年以降唯一出場がない年。キャンプ中に右足首を痛め、1軍2軍通して登板が無かったが、翌年なんか開幕ローテに入り結局2015年まで現役を続けた。なのでこの年だけだとケガFですが全然Fじゃないです。

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武藤祐太(25)

2010年ドラフトで3位で入団。ルーキーイヤーの11年から7試合に登板。13年には崩壊した投手陣のなかで酷使三兄弟の一員として活躍したが、17年に横浜に飛ばされる。以降なんだかんだ頑張ってて強い。

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高橋聡文(67)

小柄ながら体全体を使ったダイナミックなフォームが武器の左腕リリーバー。2008、2009年にはチーム最多登板を記録するなど活躍し、2010年は浅尾岩瀬と共に勝利の方程式「TAI」として活躍するも翌年前半に投げられなくなるほど左肩を痛め、11年は2試合の登板に留まった。16年に阪神に移籍し、16、17年は鉄壁のリリーフ陣の一員として活躍した。今も頑張っている。

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小熊凌祐(64)

2009年のドラフトで近江高校から入団。入団当初は怪我がちで、11年には一軍初登板するも、6試合で5被本塁打防御率16.00と精細を欠いた。その後は先発も中継ぎもできる投手として16年に5勝、18年に3勝を挙げた。ヒーローインタビューでの反応が薄い。今も頑張ってるよ。

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木下達生(97)

2011年シーズン途中に育成から加入。日ハム時代の2007年には高卒2年目ながら完封を果たすなど活躍したが、その後は原因不明の腰痛に悩まされるなどしてイップスにも陥った。2011年は二軍では先発・中継ぎで活躍し、ウェスタンリーグ優勝に貢献したが、一軍ではわずか1試合の登板に留まった。翌年、戦力外からヤクルトに入団するもオフに引退を表明した。当時の本人が書かれていたブログを参照させていただきました。川上憲伸のファン。

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岡田俊哉(11)

智弁和歌山の「絶対エース」として甲子園の実績を引っさげ09年にドラフト1位で入団。2012年までは体作りで一軍登板はなかったが、13年に一軍初登板を果たすとそのまま3先発を含む66試合に登板。酷使三兄弟として活躍し、2015~6年も50試合以上に登板。17年のWBCにも選出されたが、血行障害を発症。18年から復帰し、19年には代理の抑えにも任命された。この前1回燃えた。

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髙島祥平(35)

2008年、帝京高校からドラフト4位で入団。152キロの直球が武器だったが、プロでは制球に苦しみ、わずか1登板防御率45.00でキャリアを終えた。2013年から中日で打撃投手を務める。

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長峰昌司(68)

2002年のドラフト5位。入団時は先発だったが、一軍では中継ぎとしての登板が多かった。08年に33試合に登板するも、その後は登板機会を減らし11年オフに戦力外。その後は野球指導などを行っており、2019年4月23日、ゼネラルマネージャーを務める茨城アストロブラネッツのヘッドコーチを兼任することが発表された。

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関啓扶(62)

高校時代に甲子園出場はなかったものの、地方大会で圧倒的ピッチングを見せ、2010年ドラフト5位で入団。しかし2011年の春季キャンプで「ボールの握り方が分からなくなった」「投げたボールがどこへ行くのか分からない」というほどのイップスに陥り、2012年までは、一・二軍を通じて公式戦での登板機会がなかった。13年にウェスタン初登板も、2回1/3防御率11.57と落ち込み、同年限りで引退。14年からは二軍マネージャーを務めたが、その中で復帰を模索。2017年に菰野高校のOB戦で141キロを計測したことからイップスを克服したと感じ、18年オフのトライアウトに参加。最速140キロ、1奪三振2四球という結果を残し、社会人野球とクラブチームから参加を誘われたが本人の意思で拒否し、中日球団も退団。2019年4月から歯科技工士の専門学校へ進学。

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金剛弘樹(0)

2004年、ドラフト9位で入団。2005年の春季キャンプで滅多に人のフォークを褒めない杉下御大から絶賛されるほどのフォークが武器。2軍では3度のセーブ王を獲得するなど活躍したが、一軍では27試合の登板に留まり、2012年オフ戦力外。ウェスタンでは最多登板記録となる通算282試合に登板した。現在は立成大学のコーチを務めている。

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清水昭信(12)

2007年、名城大学から入団。150キロの直球を武器に 2010年には44試合に登板したが、翌年以降右肩の違和感で二軍でも成績が残せず、13年オフ戦力外となった。14年からはドラゴンズのスカウトを務めた。バッティングが得意。

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矢地健人(59)

サイドスローからの最速152キロ、ヤクルト林昌勇ばりの球威が持ち味のリリーバー。2011年は2軍でチームトップの登板数で金剛と共に最多セーブを記録した。一軍では登板機会が少なく、14年の戦力外後にロッテに入団するも、1年で戦力外。その後は社会人野球の新日鐵住金東海REXでプレイ、2017年に自身のSNSで引退を発表した。

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チームページはこちら

 

*1:前述の山内が名付けた

*2:今回はナックルで代用