さかまのパワプロブログ

パワプロでいやらしく遊んでます。再現選手のパワナンバーの公開がメインです

パワプロ2018 公開選手一覧

公開選手一覧です

 

中日ドラゴンズ

 

中日ドラゴンズ(2011年)

 

投手】

服部受弘(1949年)

水谷寿伸(1965年)

板東英二(1967年)

郭源治(1988年)

川上憲伸(1998年)

武田一浩(1999年)

岩瀬仁紀(1999年)

今中慎二(1999年)

落合英二(2004年)

小笠原孝(2007年)

山本昌(2010年)

山内壮馬(2012年)

田島慎二(2016年)

 

【捕手】

木俣達彦(1970年)

 

内野手

権藤博(1967年)

宇野勝(1979年)

立浪和義(1988年)

仁村徹(1993年)

立浪和義(2007年)

 

【外野手】

大島康徳(1974年)

仁村薫(1988年)

井上一樹(1999年)

関川浩一(2002年)

野本圭(2010年)

工藤隆人(2014年)

 

2011年選手専用記事リンク

 

 

東京ヤクルトスワローズ

 

投手】

 

【捕手】

 

内野手

森岡良介(2014年)

 

【外野手】

 

 

読売巨人軍

 

投手】

高橋一三(1969年)

渡辺秀武(1970年)

越智大祐(2008年)

 

【捕手】

 

内野手

 

【外野手】

 

 

阪神タイガース

 

投手】

 

【捕手】

 

内野手

沖原佳典(2003年)

関本賢太郎(2013年)

 

【外野手】

 

 

広島東洋カープ

 

投手】

小林誠二(1984年)

 

【捕手】

 

内野手

ルイス・メディーナ(1994年)

 

【外野手】

前田智徳(2012年)

 

 

横浜DeNAベイスターズ(横浜ベイスターズ

 

投手】

小谷正勝(1971年)

野村収(1978年)

 

【捕手】

 

内野手

フェリックス・ミヤーン(1979年)

村田修一(2009年)

 

【外野手】

 

 

 

福岡ソフトバンクホークス

 

投手】

杉内俊哉(2011年)

陽耀勲(2012年)

 

【捕手】

 

内野手

湯上谷宏(1988年)

 

【外野手】

 

 

北海道日本ハムファイターズ

 

投手】

武田久(2009年)

武田勝(2010年)

中村勝(2014年)

マイケル・クロッタ(2014年)

 

【捕手】

 

内野手

飯山裕志(2012年)

 

【外野手】

森本稀哲(2007年)

 

 

西武ライオンズ

 

投手】

松坂大輔(2001年)

 

【捕手】

 

内野手

 

【外野手】

 

 

オリックスバファローズ

 

投手】

 

【捕手】

 

内野手

 

【外野手】

南牟礼豊蔵(1989年)

 

 

東北楽天ゴールデンイーグルス

 

投手】

 

【捕手】

 

内野手

松井稼頭央(2013年)

 

【外野手】

 

 

千葉ロッテマリーンズ

 

投手】

 

【捕手】

 

内野手

 

【外野手】

 

 

その他

 

投手】

野茂英雄(パワプロ'94デフォルト)

河島廉也(パワポケ4)

 

【捕手】

 

内野手

落合福嗣(パワプロ2012企画~親父を超えろ~) 

 

【外野手】

 

 

新しく作成した選手は順次追加していきます。

武田久(2009年)

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武田久(2009年)

55登板 3勝0敗 34S 防御率1.20

獲得タイトル:最多セーブ

膝が地面に着くほど沈み込む低い重心から繰り出されるストレートと絶妙なコントロールが武器の「小さな鉄腕」。日本通運から2002年のドラフト4位で日ハムへ入団。入団当初は怪我などで一軍に定着できないでいたが、岩本勉のアドバイスで直球を磨き、入団3年目の2005年の夏に才能が開花。球宴以降は閉幕まで15試合・22イニング連続無失点を記録し、勝ちパターンの継投に名前を連ねた。翌年から勝ちパターンに定着し、2006年から7年連続の50試合以上登板を達成するなど大活躍した。2009年には、退団したマイケル中村に替わり抑えを任され、レギュラーシーズンを無敗、最多セーブにも輝いた。2017年には7試合の登板に留まり、同年に退団。現在は古巣の日本通運硬式野球部に選手兼コーチ。

 

【査定について】

変化球中心...武田久といえばストレートが武器だが、2009年は投球割合の75%が変化球と、変化球主体のピッチングスタイル。2011年からはストレート主体のピッチングになっているので、ストレートの球威はノビC+球持ちで表現しましたが、総変化量が少し少なかったかも

逃げ球...60回投げて被本塁打1

調子安定...前述の通りこの年は敗戦0。防御率も1点台と非常に安定しているが、前年、前前年を見ると計12敗している。起用法の違いもあるとは思うが、ちょっとつけにくい。あとイメージ...

 

【ひとこと】

あっちを作成したらこっちも作成しなきゃいけませんよね。武田久のフォームは大好きなんですけど、パワプロのフォームはクイックだとなんか凄い動きをするので微妙です。前述の通り変化量がちょっとアレなので成績が再現できるかアレですが直球もいいので大丈夫でしょう。作成しといてアレですが仮面町さんの2013年の武田久の査定が見事なのでそちらもどうぞ。というかそちらをどうぞ。

 

武田勝(2010年)

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武田勝(2010年)

14勝7敗 防御率2.41

 

変則フォームと精密なコントロールが武器の左腕。立正大学を経て入団した社会人のシダックスで、臨時コーチの高橋一三からフォームを、監督の野村克也から投球術を学び、急成長。2005年のドラフト5位で日ハムに入団すると、1年目から先発・中継ぎとしてチームの日本一に貢献。2008年から左投手としては球団史上初の4年連続二桁勝利を達成するなど活躍した。2013年に自身初の開幕投手を務めたが、その試合で負傷。その後は精細を欠く投球が続き、2016年に引退を発表したが、引退会見後に一軍の試合前のナインの円陣に参加。「俺のために優勝しろ」と書いた紙を見せ、チームを鼓舞し、日本一に貢献した。

 

【査定について】

コントロール...この年の与四球率は驚異の1.02。Sでも充分な成績だが、公式のコントロールSの投手を見てみると与四球率1.00を基準にコントロールを決めているっぽい(たぶん)のでギリギリのA89。見た目的にもいい。翌年の与四球率0.98だったらヨユーでSにしてますね

軽い球...2009年までの被本塁打率1.00超から2010年は0.64と大きく改善されたが、「打てそうで打てない」の「打てそう」の部分を表すためにもつけました。2011年(統一球初年度)のオールスターで1試合4被本塁打を打たれていたのも

球持ち...凄い

リリース...凄い

緩急...凄い

ポーカーフェイス...凄くてかっこいい

 

【ひとこと】

最近まで武田勝中村勝の違いを認識していなかったので、デフォルトデータを眺めている時に「武田勝って引退してなかったっけ...」とか思ってました。

あとサクセスで赤本が来なくて4回やり直したのと、記事を書いた時に誤操作で全部消してしまったので普通の記事以上に労力がかかってます。

 

ルイス・メディーナ(1994年)

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ルイス・メディーナ(1994年)

打率.271 14本 70打点

 

世にも珍しい左投げ右打ちの助っ人。1993年に来日し、同年のオープン戦で三冠王を獲り注目されるも4月13日の対横浜戦で帰塁の際に一塁ベースに右肩をぶつけ、右肩関節内骨折。初年度を棒に振った。1994年は前年の外野手から一塁手へと転向。主に「五番・ファースト」を務め月間MVPも獲得するなど活躍を見せた。しかし、1995年は腰痛で出遅れて活躍出来ず、8月5日の対ヤクルト戦が最後の出場となり、同年で退団。現在はロイヤルズのGM補佐。

 

※プロ年数を変更するのを忘れていました。ダウンロードされたら各自で変更お願いします。

 

【査定について】

打撃能力...ミートはバットコントロールを売りにしていたのでこのぐらい。パワーは成績から見れば384打席で14本塁打なのでCぐらいなんですが、月間成績が極端なのと見映えを考慮してB調子極端で調整。

走力・走塁...二塁打三塁打が多いので、元外野手のことも考慮して気持ち上げました。

 

【ひとこと】

「メディーナ」の音声が存在しなかったので「ルイス」にしときました。パワプロ'95とかには収録されてるんですけどね...。

 

野村収(1978年)

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野村収(1978年)

17勝11敗 防御率3.14

獲得タイトル:最多勝

 

4球団を渡り歩き、史上初の12球団からの勝利を挙げた本格派右腕。駒澤大学大矢明彦とバッテリーを組み、東京大学リーグで最優秀投手、ベストナインなどの実績を残して1968年のドラフト会議でドラフト1位として大洋ホエールズに入団。最初の3年間で5勝に終わり、71年オフにロッテにトレードとなるが、移籍一年目から14勝を挙げ活躍。1974年に監督の金田正一実弟金田留広の獲得を望み金田に匹敵する投手として野村が指名され、交換トレードで日本ハムファイターズに移籍。75年に最高勝率のタイトルを獲得。78年にトレードで大洋へ復帰すると、17勝の活躍で最多勝カムバック賞を受賞した。その後阪神に移籍し移籍一年目に12勝を挙げ、大洋からの勝利で史上初の12球団からの勝利を達成した。1986年限りで現役引退。大卒同期入団であった山本浩二有藤道世と共に実働18年、40歳まで現役を続けた。引退後は阪神、大洋、日ハム、シドニー五輪代表、東京国際大学の投手コーチを務めた。

 

【査定について】

球速、速球中心...現役時代にこだわり続けたのがストレート。ストレートに自信があったと考えられるが、被本塁打はほぼ毎年20本以上。当時を見ていた人の記述に「あまり直球投手には見れなかった。」というのも見られたのでDに。

対左...この年の被本塁打21の内、右打者から打たれたのはわずか3本。

回復...登板数、投球回から見ればB相当だが、終盤に成績が下がっていることと活躍し200イニング投げた次の年は毎年成績が下がっていることを考慮。

ポーカーフェイス...マウンドで淡々と投げ続けた。

 

南牟礼豊蔵(1989年)

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南牟礼豊蔵(1989年)

打率.287 2本 17打点

 

読み方は「みなみむれ とよぞう」

1981年のドラフト3位で阪急に入団した外野手。俊足と堅実な守備で当時既にベテランだった福本豊の守備固めなどで出場機会を増やし、2年目から84試合に出場するなどしたが、一方で3年目には一軍無出場に終わるなど定着できていなかったが、球団がオリックスブレーブスに変わった1年目の1989年には開幕から好打を続け一時は打率3割をキープし、シーズン途中からは守備代走要員に回るも、最終的に自己最多の106試合に出場と44安打を記録した。翌年は14試合出場に留まり、91年途中にドラゴンズへ移籍するが勝負強い打撃で活躍。93年に戦力外通告を受け、阪神へ移籍すると代打の切り札として活躍。翌年は無出場に終わり、2度目の戦力外通告を受けた後にホークスの入団テストを受けるもテスト中に膝を外した為断念。通算14年の現役生活を終えた。引退後は解説者を経験した後に奈良県生駒市で整体療法所を開業。柔道整復師の資格を取得後、2007年に兵庫県西宮市で接骨院「みなみむれ接骨院」を開業した。

応援歌好き

 

【査定について】

守備力・捕球...堅実なプレーで地味ながら見せ場は多かった。記録を見ても通算477試合守備について失策わずか3。肩は強肩だったという記述もあるが補殺数が多くないのでCにして送球Eで調整。

意外性...プロ初本塁打を打った時、バスターからのヒッティングでホームランになったが、水谷実雄に「バスターは転がすもの。フライを打ってたまたま入ったホームランを喜ぶな」と怒られるエピソードがある。一発を期待されてないところで打つというのが意外性にピッタリだと判断。中日移籍の1年目には少ない打席で6本塁打を打っているので一発を打つ能力もあると思う...

併殺...俊足の割に少し多いか

ケガ...引退後に接骨院を開いた理由は、「現役時代にケガに泣かされた経験から。」選手として高い能力を持ちながらスタメン定着にできなかった理由はこれだと判断し一段階下げました。

人気者...中日、阪神時代にはその名前と勝負強さから打席に立ったり守備に就くと歓声が挙がっていたという記述が見られるが、阪急~オリックス時代にそういった記述があまり見られない*1のと出場試合数などを見て今回はなしに。また阪神時代とかを再現したらつけると思います。

 

【ひとこと】

さかまのパワプロ待望(?)の初オリックスの選手です。これだけの能力がありながら1年を通してスタメンがなく、14年もプロ生活を続けた選手って素敵だと思います。さかまのパワプロパワプロブログ回の南牟礼豊蔵を目指していきたいと思います。あとよびかた全然ないと思ってたんですけどありましたね。さすがKONAMI!ありがとうKONAMI

 

いや、赤特システムとか考えたら全然感謝できねーわ。くたばれ。

 

*1:そもそも当時のパ・リーグ自体が不人気だったていうのはあるが…

中村勝(2014年)

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中村勝(2014年)

8勝2敗 防御率3.79

 

2009年のドラフト1位右腕。独特なフォームから繰り出されるスローカーブとノビのある直球のコンビネーションが武器。5年目の2014年から本格的に一軍に定着。5月16日の横浜戦でプロ初完封を挙げると、9月9日のソフトバンク戦まで7連勝を記録。特にホームの札幌ドームでは7勝、防御率2.00と活躍し、オフには第1回21U野球ワールドカップオーバーエージ枠で選出された。しかし翌年以降は打ち込まれる試合が続き、2017年に右肘を故障、7月に手術を受けたが、球威が戻らず2019年オフに戦力外通告を受けた。

 

【査定について】

デフォルトとあまり変わらないのでいくつかだけ

変化球...変化の大きいスローカーブは見せ球にも決め球にも使っているが、投球割合の少ないフォークもよく落ちて決め球として使っているのでスローカーブと同じ変化量に。スライダーもあまり打たれてはいないが調節の意味も込めて1

対ピンチ...防御率的にはあまり良くないが、得点圏の被打率は.175と好成績。本塁打も1本しか許していない。

ポーカーフェイス...イケメンなのでついてると、良い。

 

【ひとこと】

中村選手です。今年戦力外になってしまいましたが、全盛期の投球術は魅力的でした(イケメンだし)。現役続行かはわかりませんが、もう一度あのHOP-UPしてるストレートが見たいですね。違う